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メンフィスにて

主に生命科学と社会について考える

コッホ三原則、雑感

コッホ三原則の現代的見直し論が出ている。今更という感じがしないでもないが、考えた(感じた)ところを書いてみる。

コッホ三原則(Koch’s postulates)は感染症の原因を特定するための手続き(手順)だ。これは100年以上前に作られたものだが、基本的な考え方は病原体と疾患の関係が一対一の関係になっていることが前提である。コレラやペストを思い浮かべれば良い。こうした観念のもと、感染症の病原体の捕獲競争が行われていた時代のことである。

コッホ三原則は以下のように記載される。 

(1)特定の疾患からはそれに特異的な 微生物が見出され、健常人には見出されない。

(2)その微生物は純粋に単離培養することが可能である。

(3)単離培養された微生物を健常動物に接種すると、もとの疾患と同様の症状を引き起こす。

((4)その動物からは再び当該微生物が単離される。)

この4番目は後に追加された。 

この原則はまことに明瞭でいかにも実験科学的である。しかしこの原則が成立しないケースがあることを人々が認識し始めたのはそれほど新しいことではない。こうした例は古典的伝染病があらかた封じ込められた後に認識されるようになった。それは1,960年代いわれはじめた“日和見感染opportunistic infection”である。もともと体内に常在しているような微生物が何かの引き金により疾患を引き起こすような感染である。この学説は、そもそも病気でもないのに既に菌が体内に存在することを前提としていたので、”感染”の概念そのものをも揺さぶった。したがって”日和見感染”ではなく、”日和見発症”であるという人もいた。この学説は同時に“易感染宿主compromised host”の概念も含んでいる。だから今から半世紀前にはコッホ三原則の例外が認められていたのだ。

多くの古典的伝染病の解決には都市の衛生インフラの整備、ワクチンの開発、それに抗生物質の発見と普及があった。しかしこうした病原性の高い感染症が淘汰された結果、初めて新たな形の感染症の存在が浮上してきたのだ。さらに抗生物質の使用そのものが引き起こすような感染症の存在も明らかとなった。類似の概念に越智雄一による“自発性感染症”がある。これは日和見感染よりも以前に提唱されたものだ(残念ながら日本語のみで発表されたので国際的に知られることがなかったが)。こうした概念によると、感染症の発症は病原体のみで決定されるのではなく、宿主の状態も同等に重要なのだ。

最近微生物のコミュニティー(microbiota)への理解が深まるにつれ、病原体が宿主を発症させる仕方が単純ではないことがわかってきた。Clostridium difficille(ディフィシル菌)は抗生物質投与後の大腸炎の原因であり、日和見感染症を起こす。この細菌を免疫低下(immunocompromised)マウスに感染させるとヒトと同様の大腸炎を起こす。この際あらかじめマウスの消化管に別のClostridium (C. scindens) を定着させておくと、ディフィシル菌の感染がおこりにくくなる。C. scindensは病原菌の宿主(この場合は腸管)への定着を妨げるのだ。この細菌は宿主の胆汁酸を変換すること(cholic acid -> deoxycholic acid)によりディフィシル菌の増殖を抑える。他に宿主の免疫能を増強することで病原菌の定着を防いでいる例も報告されている。

さらに上記のディフィシル菌感染の例では単一菌のみならず、複数種の菌の存在はさらによく発症を抑えることができることがわかってきた。これを促したのはまたしても次世代シークエンシング技術の普及である。これをさらに進めると、健康マウス個体の腸内菌叢を移植してやれば良いということになる。(ヒトの腸内菌叢の移植についてはMartin Blaserの書に詳しく書かれているので参照されたい。)

このように現在ではそこに病原細菌が存在すれば、宿主は発症するという考えは通用しない。宿主側がいかに共存する微生物群によって影響を受けるかについても相当なレベルで明らかにされつつある。

 

さてコッホ三原則は単一の因子に着目して、その因子の病原的な意義を確定する上で、決定的なデータを得るための手順であった。この基本的な考え方は感染症以外には適用できないのだろうか? 

1,970−80年代の遺伝子のクローニングとその機能の特定の時代に行われたことは、特定の遺伝子を宿主細胞に 発現させて何が起こるかを追求したのだった。分子生物学の初期の段階で用いられた生物は大腸菌である。大腸菌では既に多種多様な変異株が単離されており、そのゲノム上の位置も特定されていたのだ。これはファージによる形質導入により達成されたものだ。こうした変異株(多くは失活変異)にベクターに入れた当該遺伝子を発現させること(戻す)により、その表現系が相補されるかどうかを調べることで、各遺伝子の機能が同定されていった。

こうした変異体に乏しかったヒトでは事情がやや異なる。そこではやや不自然ながら、当該遺伝子を過剰発現させたときの表現形からその遺伝子の機能を推定したのだ。正常細胞にはもともと全ての遺伝子が一揃いあるので、各遺伝子の機能を解析するための最善手はその遺伝子を破壊してみて表現形を調べることだった。その意味でブレークスルーを果たしたのはCapecchiの確立したノックアウトマウスである。これは1,980年代の終わりころのことである。しかしこれはホールマウスを使った大掛かりな実験である。Vogelsteinのグループはヒト大腸がんの株化細胞HCT116で当該遺伝子の両方のアレルをCapecchiと同様の方法で破壊して様々ながん関連遺伝子の解析を盛んに行っている。しかしこれは手間と時間がかかるわりに得られる成果が限定されるので普及しなかった。こうした培養細胞レベルの解析法のイノベーションは、2,000年代に登場したsiRNA法 である。これにより人々は特定の遺伝子の発現を除去(実際には大幅に低下)することが簡単な手法で可能となった。最近のイノベーションはCRISPR/Cas9で、ゲノム上の遺伝子破壊を起こすのでCapecchiの延長線上にあるが、大幅に効率が改善された。したがってヒトの遺伝子の機能解析は、特定の遺伝子を”除去”することで進んできたのだ。コッホの”加える”のとは逆である。

 

コッホ三原則に比較的近い概念で研究が行われている領域はがん遺伝子の研究か。

特定の種類のがんで遺伝子変異が見つかったときにはどのような手順でこれを“がん遺伝子oncogene”と同定するか? 手順を以下に書く。

(1)特定の遺伝子に変異が起こっていることをみつける。全く同じ種類の変異がある種類のがんの複数の検体でおこっていることは重要である。比較的初期に検出しやすかった変異にBCR-ABLなどの染色体転座がある。

(2)この変異遺伝子のcDNAを単離して発現ベクターに組み込み、正常細胞に強発現させてやり、がん細胞としての性質(無限増殖能等)が現れるかどうかを確認する。

(3)がん細胞株から当該遺伝子の発現を除去したときに、がん細胞としての性質が消失することを確認する。

(4)同じcDNAをモデル動物に高発現させることにより、in vivoで発がんを起こす能力を確認する。 

比較的コッホ三原則と似ていることがわかる。何故か? がん遺伝子は本来正常細胞内にある(前がん遺伝子)ものである。しかし多くは発がんの過程で染色体転座や突然変異によって正常とは異なるアミノ酸配列を獲得する。これによって本来の遺伝子産物とは異なる活性を獲得する。一言で言うと、活性化されたがん遺伝子産物の多くは“異物”なのである。実際多くのがん遺伝子はがん特異抗原を細胞表面に発現し、これはすなわち異物として免疫細胞に認識される。乱暴に言うならば、これすなわちがんの免疫療法の基礎である。生体にとっては“異物”である点で、病原微生物とがん遺伝子は共通している。

初期のがん分子生物学研究者はウイルス発がんに通暁していたので、少なくともコッホ三原則への理解があったものと思われる。