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メンフィスにて

主に生命科学と社会について考える

米科学予算の増額とNIHグラント

既に既定方針だった米科学予算、とりわけ医学生物学分野の予算増額案が議会を通過して今月18日にオバマ大統領がサインした。

簡単に要約すると、来年度(2,016年度、7月始まり)のNIH(National Institutes of Health)の予算は前年度比で6.6%の増額となり、2,003年以来横ばいだった予算額がようやく引き上げられる。しかしインフレ率を勘定に入れると実質的にはようやく2,003年度の予算規模に戻ることになる。これでNIH予算は総額313億ドル(現在のレートで換算すると約3兆7千万円)となる。これは米国内の大部分の医学生物学研究者の申請するグラントを含むので、NIH本体の運営費はその一部(17%)でしかない。当然グラント総額も増額されることになるが、これは米国のすべての医学生物系研究者とその所属機関にとって一応朗報である。しかしこの増額は2,016年度のみで、次年度に同程度の増額が予定されているわけではない。(オバマ氏の任期が来年いっぱいであることを考えるとこれは当然であるが。しかしもとはといえば、ブッシュ前大統領の失政(特にイラク戦争)に予算削減の根本的原因があるのだが。)

この10年間におけるNIH予算の据え置きは米国の医学生物学研究を歪な構造にしたことは否めない。また総額据え置き以上に問題であったのはグラントの種目の割り当てであった。これらについて簡単に書いてみる。

ここ10年間の傾向として大型共同研究の偏重があった。このため個々の研究者が独自に行う小規模の研究に対する予算措置が貧弱化している。こうした研究はいわゆるR01とよばれるグラント種目によってサポートされてきた。R01は標準的グラントとされ、研究者(Principal Investigator, PI;研究室を主宰する研究者)の独立はこの種目のグラントを獲得することで保証されてきたのだ。だがNIHのサイトに公開されている通り、R01およびそれと同等のグラントの絶対数はこの10年間に減少してきた。それにともなって採択率は低下している。研究者の登竜門ともいえる新規R01の採択率はわずか10%程度まで落ち込んでいる(下図の実線、NIHサイトから転載。)。R01グラントのあまりの競争率の上昇により、新規にR01を獲得する時期がかなり高齢化してしまったことも問題となってきた。

f:id:akirainoue52:20151231053117j:plainこうした研究予算の停滞が米国の医学生物学の将来にどのような影響を与えるかについてはいまのところ確たる予想はなされていない。しかし既に論文一報あたりの引用件数では英国(UK)に抜かれている状況で、こうした観点からも制度運用が考慮されるべきではないか。

NIHの予算配分は特定の研究領域の拡張や縮小をもたらすので、米国全体の医学生物学研究の形をつくるといっても過言ではない。一つの例をあげるならば、1,990年代にがん原性ウイルス以外の一般ウイルスの研究グラントが大幅に縮小された。これにより多くのウイルス学者が失職または専門を変えることを余儀なくされた。こうしたことが常に起こっているのが米国である。当然このやりかたには良い面と悪い面がある。

今回は研究費の総額と分配の仕方について簡単に書いてみた。