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メンフィスにて

主に生命科学と社会について考える

Gene editingの問題とは? [4] 技術的特性が及ぼす影響

(前回より続く)

 7.Gene editingの技術的特性が及ぼす諸影響

この文章を書いている間にも、CRISPR/Cas9をはじめとするgene editing法がこれまでの遺伝子改変法とは全く異なる諸影響をもたらす可能性に気づいた。

先にも述べたように、CRISPR/Cas9による遺伝子破壊は標的配列の欠失や挿入を引き起こすが、外来遺伝子がその遺伝子座に残存するわけではない。痕跡を残さないのだ。この点は従来法である標的遺伝子法(ノックアウト、ノックイン)とは異なる点である。ノックインやノックアウトでは薬剤耐性遺伝子か、少なくとも34塩基対のloxP配列が残されることになる。したがって、gene editingで作られたゲノム改変生物(培養細胞やマウスその他の個体)はそれが基礎研究に用いられる場合には、ゲノム上に異物を持たないいわば”きれいな”変異体として用いることができる。

しかし一方こうした生物が野外に放出されたとしても、われわれはそれらがgene editingで改変されたものとは認識できない状況が生じる。

こうした状況を考えると、gene editingで作られた生物、あるいは(あまり考えたくはないが)ヒト個体はそれらがゲノム改変されたかどうか判らない事態が生じる。

こうした状況は同様の方法でゲノム改変をなされた作物や昆虫でも当然起こりうる。現在組み換え作物(GMO)は外来遺伝子を導入されたもの(トランスジェニック)が多い。ところがgene editingでゲノム上に痕跡を残さない作物は、それが人為的に改変されたものか否かを判別することは不可能かまたはきわめて困難である。しかもgene editing法の簡便かつ高効率である。このためこうしたゲノム改変が対象生物種を問わず、野放図に行われる可能性がある。

このように、gene editing法を用いると、ゲノム改変がどこでも、誰にでも実施可能となってくる。このことから、こうしたゲノム改変生物を営利目的に用いる企業にとってはそれらの特許の取り扱いなどの厄介な問題が持ち上がってくる。こうした天然に存在しうる改変体で特許が取れるのあろうか? さらには痕跡を残さないゲノム改変による特許破りを摘発できるのだろうか?

こうしたこれまでに存在しなかったが、近未来に出来することが予想される諸問題について、丁寧に掘り起こし、議論してゆく必要があると思われる。

私自身もさらに考えてみたい。

8.ヒトの生殖細胞系列の改変は?

最後に前述の中山大学の仕事からヒトの生殖細胞系列の改変の近未来について考えてみたい。

この仕事の結果はおそらくヒトのゲノム改変を推進しようとする人々にとってみると期待はずれだったと思う。しかしこれはマウスのデータから半ば予想された結果であった。ゲノム上の標的部位の切断の結果、細胞のDNA修復機構が発動され、その結果起こってほしくないDNAどうしの相同組み換えが起こってしまうのだ。こうした”誤った”相同組み換えは我々の細胞中でも一定頻度で起こり、こうした組み換え現象がある確率でがんを導くゲノム再構成を引き起こす。したがって、gene editingでゲノムが改変された細胞はがん化する可能性が上がると考えられる。

実際これは現在の洗練されたバイオ技術においても本質的な問題なのだ。そもそも組み換えDNA技術は本来目的とする組み換え体の他に、それに失敗したものが多数生じるわけだ。これを何らかのスクリーニングによって目的の(正しい)ものを選別するわけだ。こうしたプロセスは1,970年代から変わっていない。これはいわゆるノックアウト、ノックインでも同様であり、人々は100個以上のクローンを調べ、そのうち正しいものだけを実験に使っているのだ。。TALENやCRISPR/Cas9の登場によりこの”正しい”改変がなされた細胞(または個体)を得る確率が飛躍的に高まった。しかしその確率は100%ではない。

こうした”正しい”個体を選ぶ段階はヒト以外のあらゆる生物では可能である。目的のゲノム改変起こっていないものを捨てれば良いのだ。が、ヒトではどうか?

これら技術が本質的にもっているもう一つの問題は、いわゆるオフ・ターゲット効果(off-target effect)である。これは標的部位以外のゲノムDNAが攻撃されて傷つくことをいう。gene editingに用いられるTALENやCRISPR/Cas9は多かれ少なかれこうしたオフ・ターゲット効果がある。このようなオフターゲットのゲノム変化は予期せぬ機能異常やがんを引き起こす可能性がある。

このようにgene editingでは、上記述べたような二重の意味での予期せぬ形でのゲノム改変がおこってしまうと考えられる。

ヒト胚への応用は道遠しである。拙速なやりかたは新技術が社会に受け入れられる際の障害になる。我々は慎重にことを進める必要がある。

(この稿終わり)