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メンフィスにて

主に生命科学と社会について考える

Gene editingの問題とは? [3] ヒト胚細胞への応用

(前回より続く)

 4.ヒト胚細胞への応用

 Gene editingが注目されると同時に人々が危惧したのはヒト胚細胞のゲノム改変、さらには生殖細胞系列へのゲノム改変細胞の導入であった。これは当然遺伝病の世代を越えた治療が大きな目的となる。しかし一方で生まれていくるくる子供に望ましい形質を与えるための、すなわちヒトの欲望を実現するための手段ともなり得る。例えば並外れた能力(運動機能など)、高い知能などである。こうした自らを他と差別化するための手段としてgene editingを用いることは少なくとも技術的には可能となったのだ。

こうした状況が起こる前に何らかのガイドラインを設けることの必要性が叫ばれていた矢先に、実際にヒトの胚細胞のゲノム改変の論文が出されたのだった。

これは広州の中山大学の研究者が行った研究で、"CRISPR/Cas9-mediated gene editing in human tripronuclear zygotes"というタイトルで、Protein Cellという比較的新しい雑誌に出された。この雑誌は北京が本拠である。最終的な目標はβサラセミアの治療のためのヒト受精卵でのgene editingである。今回の仕事はそのための予備的検討である。変異を起こしている患者のゲノム上のβグロビン遺伝子(HBB)を標的としたCRISPR/Cas9を受精卵に注入してやり、同時に注入された正しい配列を持ったssDNAとの相同組み換えによる遺伝子校正を期待するわけだ。結果はこの正しい配列の外来ssDNAとの組み換え(すなわちcorrection)よりも、同じ染色体上に存在する配列の似ているHBD遺伝子との相同組み換えの頻度の方が高いというものであった。著者らの結論は、現時点ではCRISPR/Cas9による受精卵のゲノム校正は、類縁配列との相同組み換えを引き起こすことが多く、未だ実用レベルにはないという至極当然なものであった。

ここで用いられた受精卵は体外での人工授精によって得られたものだが、発生が正常に進まないように意図的にtripronucleus(前核を3つ持つもの)の受精卵を用いている。実際にはn vitroの培養中でのみ実験が行われているため、このような仕事が直ちにヒトの胚のゲノム改変や改変された細胞の生殖細胞系列への導入に繋がるわけではない。しかしこの論文の研究サークルに与えた衝撃は相当なものであった。

こうしたヒト胚のgene editingに対しては、科学サークルは大方慎重ないし否定的な見解を示している。その結果、今回のワシントン会議に至る流れができたわけだ。

(このProtein Cell誌の論文が出た直後の議論の詳細、あるいは雑誌に掲載された過程については4月30日号のNatureに要約して述べられている。)

 5.アシロマ会議とは相当異なる社会状況

今回のワシントンDCの会議は政府機関が主催したものではなく、主に研究者が自発的に企画したものである。これを後援した、すなわちスポンサーとなったのは、米国科学アカデミー、英王立アカデミー、および中国科学院であった。(残念ながら、日本学術会議ここには関わっていないが。)このような政府機関から独立した形での会議の形態は、40年前のアシロマ会議を想起させる。

しかし40年前との違いについて指摘しておきたい。

シロマ会議が開催された1,975年はまさに遺伝子組み換え法が成立した直後であった。この手法を用いて行われた実験の結果、とりかえしのつかない事態が起こる可能性を考えたポール・バーグ(Paul Berg)が提唱したのだった。会議での議論をもとに、物理的、生物的封じ込めのレベルがDNAが由来する生物(および遺伝子自体)の危険度に応じて定められた。我が国ではこれは法律としてではなく、ガイドライン(組み換えDNA実験指針(文科省))となっていた。最近エボラ関係で話題となった武蔵村山市にある国立感染研究所のP4施設とは、最高レベルの物理的封じ込め機能を持った研究施設ということである。(実際には組み換え体ではなく、エボラウイルスの実験の可否が議論されているわけだが。)この”指針”は2,004年に法律化されている。

以来40年が経過した今、組み換え体のもたらす破滅的な事例は未だ記録されていない。(いくつかの新病原体が国家機関の陰謀によって作られたとする説が流布されているが、こうした俗説は当然ここでは無視する。)

さて私がここで提示したいことは、当時と現在の社会状況が著しく異なることである。組み換えDNA法が確立された頃は、この技術を使おうとする人々は大部分がアカデミアに所属する研究者であった。しかもこれら研究者は概ねいわゆる先進国(米欧日)に限られていたのだ。いわゆる遺伝子組み換えが企業に浸透したのは1,980年代になってからであった。日本では1,973年と79年に起こった二度の石油ショックにより、主に石油を原料として製品を生産する化学系メーカーが危機感を抱いて、雪崩を打つようにして遺伝子組み換えに乗り出したのだった。もともとバイオ系の基盤を持っていた製薬、発酵などの業界も当然ここに参入した。したがってこうした企業群は既に関連法規が成立した後で遺伝子工学を開始したわけである。さらに当時は遺伝子組み換えの対象生物は大腸菌などの原核生物とそのファージであり、ヒトは遠く射程圏外であった。このような状況から、組み換え体の危険性とはそれが意図的または偶発的に獲得する病原性(および毒性)のことだったのだ。

さて現在は? この問題を関連技術の発展と、研究主体の広がりの二つの点で考察してみたい。

第一に関連技術である。今回のワシントン会議の議論の対象であったヒトである。2,012年にノーベル賞を受けた山中伸弥らによるiPS細胞の確立を考えれば分かるとおり、既に個々人の細胞から幹細胞を作成する方法はあまねく普及している。これらの基礎となるモデル動物における研究の蓄積も膨大な量にのぼる。このように周辺技術が成熟した状況で、あたかも満を持したような形でgene editingが登場してきたのだ。

第二に研究主体である。アシロマ会議当時、組み換えDNA実験を実行可能だった人々は、おそらくせいぜい数百人程度であったと思われる。その大部分は米国の研究機関に所属する人々であった。こうしてごく少数の研究者の間で行われるようになった組み換えDNA技術は急速に世界に広まることになるが、その研究主体はしばらくは大学をはじめとするアカデミアの研究者であった。 しかもこれらの人々はモラル的に成熟したいわゆる先進国で研究していたのだ。

一方現在の状況はどうか。研究主体はアカデミアのみならず多数の企業も盛んに研究し、かつ新たな企業が設立されている。また研究者の絶対数も当時とは比較にならない程多い。さらにこうした研究を恒常的に行っている国の数も相当数にのぼる。特に中国での研究人口の増加は著しい。既に紹介したように実際中国では筋肉量の多い豚やビーグル犬を作出している。したがって、既に相当数の企業がそれぞれの分野でgene editingに乗り出しているのだ。

6.国際的な規制のあり方

こうした状況を鑑みると、今回のワシントンで会議が行なわれたことはきわめて適切であったと思われる。この議論の中身を受けて、米科学アカデミーは来年中に人細胞のゲノム改変に関するガイドラインを作成する。おそらくこの米国のガイドラインを受けて、他の国々も同様の法規を整備することになる。

しかしこのグローバル化した世界で、どこかに規制の緩い国がひとつでもあれば、規制のある国の人々がそこで問題となるゲノム改変を行うであろう。すこし質が異なるが、韓国の黄禹錫が経営する企業ではペットとして飼われている犬のクローンの作成を請け負っている。こうしたビジネスが認可されている国はそれほど多くなく、米国の愛犬家はこの韓国の会社に自分の犬のクローンを依頼している状況である。この例はゲノム改変ではないが、これから世界でおこるであろうことを予想する上でとても参考になる。同様の状況が医療分野で起こったら、当然そうした治療を受けるために(富める)人々はそれが許容される国へ行って治療を受けることになる。

結論を述べると、ヒト細胞のゲノム改変に関しては、一国でのみ規制することはあまり意味がなく、国際的に効力のある仕組みを作ってゆく必要があると考える。ここではカルタヘナ議定書の枠組みが参考になるかもしれない。

(続く)