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メンフィスにて

主に生命科学と社会について考える

ネコゲノム解析から考える【2】

(半年以上前の前回からの続き) 

家畜化の過程を一連の遺伝子群の軽度な機能低下で説明しようとする論文が現れた。これはドイツ、フンボルト大学のAdam Wilkinsらの仕事で、昨年7月遺伝学の専門誌GeneticsのPerspective(展望)に出た[Wilkins et al., 2,014]。Darwinから始まる家畜化に関する考察の歴史を俯瞰し、新たな仮説を提出するという極めて野心的かつ示唆に富んだ論文だ。前半部分で家畜化の過程についてのこれまでに行われた記載的、実験的な仕事が要約されていてこの分野の研究史を把握するに便利だ。

論文の後半部分で家畜化症候群の遺伝的本体を考察し、大胆な仮説を提出する。それによると”様々な動物の家畜化の過程で共通に見られる形態的および生理的な変化は神経堤の機能低下によって説明されるという。それらは神経堤細胞(neural crest cells, NCC)の軽度の数的または機能的低下によって直接的に、あるいは間接的に引き起こされる”というのである。神経堤とは発生の初期に、神経管(neural tube)の脇を固めるように出現する外胚葉由来の組織。興味深いのはNCCに由来する細胞は内胚葉、中胚葉、外胚葉由来細胞が最終分化を遂げた段階でも未だ多分化能を保持している事実だ。このためNCC由来細胞は 、発生途上に様々な場所に移動して一見して相互に関係のないような組織になる。これらのうち、我々に親しみのあるものとしては、交感神経や、皮膚のメラノサイト等がある。小児癌の領域では、交感神経節に由来する神経芽腫 neuroblastoma がある。

 

家畜化の結果、共通に見られる特徴とは以下の通り。

 Increased docility and tameness(従順、温和)

Coat color changes(毛色の変化)

Reduction in tooth size(小さい歯)

Changes in craniofacial morphology(頭部の形態の変化)

Alterations in ear and tail form(耳、尻尾の形の変化)

More frequent and nonseasonal estrus cycles(繁殖季節の喪失)

Alterations in adrenocorticotropic hormone levels(副腎皮質刺激ホルモンの低下)

Changed concentrations of several neurotransmitters(幾つかの神経伝達物質濃度の変化)

Prolongations in juvenile behavior(幼若行動の延長)

Reductions in both brain size and of particular brain regions(脳全体、および特定部位の縮小)

 

著者らはこの一連の変化を“家畜化症候群”(the domestication syndrome, DS)と呼んでいる。面白いことに、これらの兆候のすべてが NCC の細胞数、あるいは機能の低下で説明できるという。

 

実験的に野生動物を家畜化する試みは行われていて、その最も有名なものはソ連邦時代に始められたキツネの家畜化の試みである[Trut et al., 2,009]。この研究はtamenessを選抜形質として行われた。その結果、上に列挙した性質がいずれも出現し、特に色素の変化はいち早く現れたという。この結果は一連の家畜特有の形質が発現するために必要な遺伝子は、おそらく共通の経路に関わるものであり、単純なメンデル遺伝則に従わないので多遺伝子性 polygenic であろう。

 

著者らは上に列挙したしたような家畜化に伴う形質の変化はすべてNCCの数的または機能的低下で説明できるとする。ここでは詳細には紹介しないが、一連の丁寧な説明は説得力がある。この仮説を補強するために、著者らはNCC由来組織に異常をきたす一連の遺伝病 neurocristopathy から得られた知見、それに当該遺伝子のノックアウトマウスのデータを示している。最終的にこれらの形質の発現に関与しうる22個の遺伝子を列挙する。

さて前回のネコゲノム解析で見出された家畜化に伴って高頻度で現れる遺伝子座に該当するものがあるだろうか?

 

(たぶん続く)