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メンフィスにて

主に生命科学と社会について考える

“p53: The gene that cracked the cancer code” by Sue Armstrong, 2,015(読書ノート)[2]

前回からの続き)

本書は全体的に優れた構成となっているが、いくつかの点を指摘しておきたい。

p53の活性化がDNA損傷で引き起こされることがMichael Kastan(当時Johns Hopkins University)らによって発見されたことが記載されている。しかし、p53活性化におけるもう一つの重要な経路であるARF (alternative reading frame) 経路にはふれられていない。Ink4a遺伝子座にあるARFはCharles Sherr (St. Jude Childen’s Research Hospital) らによって発見された遺伝子である。細胞内でMYCやRASのようながん遺伝子の異常な活性化が起こったときにARF経路が活性化され、MDM2の分解を通してp53の活性化が引き起こされる。その結果アポプトーシスや細胞周期の停止が起こり、結果としてがん化が抑制される。1,980年代にがん遺伝子のクローニングにおいて盛んに使われたNIH/3T3細胞は、このARF遺伝子が欠落していることが1,990年代終わり頃に示された。ここにserendipityのワケがあったのだ。がん遺伝子のクローニングの仕事の成功はARF/p53経路の失活によってもたらされたのであった。当時そのことを誰も知ることがなく。

この経路の重要性は臨床がんでInk4a遺伝子座の高頻度の欠失が見られることでも明らかであり、言及しないわけにはゆかない。さらにこのARF遺伝子の発見に至るプロセスは十分ドラマ性に満ちていて、こうした科学ドキュメントに記載されるにふさわしいと思う。同じ研究施設にいるSherrを身びいきしているわけではなく、科学的見地からこのことを強調したい。

 もう一点、発がんウイルスのもつタンパクによって引き起こされるp53タンパクの失活の機構、意義についての記載がかなり乏しい。これは昨今問題となっているパピローマウイルスによる子宮頸がんの発生機構を理解する上で重要である。

本書の最終章で、p53を標的にした新しいがん治療法を紹介している。しかし公平に判断すると、この一連の手法は今のところ顕著な成功をおさめているわけではない。一方、Vogelsteinらによる極めて早い段階での血液中での変異型のp53を検出する方法も記載されているが、こちらはかなり有望で、がん治癒率の向上に寄与するものと期待される。

 

前回p53が“祝福された遺伝子”であると述べた。がん抑制遺伝子としてのp53の研究のピークは1,990年代にあった。しかしp53遺伝子の医学生物学的発見はこれで終わったわけではない。次回にそれらを列挙する。

(続く)