読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

メンフィスにて

主に生命科学と社会について考える

マラリア感染がB細胞のゲノム不安定性を促す

ある種の病原微生物の感染は腫瘍を引き起こす。この例としてよく知られているものに、パピローマウイルスによる子宮頸がん、B型肝炎ウイルスによる肝がん、ピロリ菌による胃がん、などがある。

 

最新号のCellにバーキットリンパ腫 (Burkitt lymphoma, BL) におけるゲノム不安定性がマラリア感染によって引き起こされるという論文が出た [Robbiani et al., 2,015]。

 

BLは MYC (c-myc) 遺伝子と免疫グロブリン遺伝子の相互転座をもつリンパ腫で、最も高頻度の転座はt(8;14)(q24;q32)である。がん遺伝子MYCが免疫グロブリンのエンハンサーの近傍に置かれる。そのため免疫グロブリンが産生されるリンパ系細胞でMYC遺伝子の異常な高発現が引き起こされる。

 

BLのうち主にサハラ以南のアフリカで見られるものは地方病性 (endemic) BLと呼ばれ、その地域的分布はマラリア感染のそれとよく一致している。実際マラリアの駆除に成功した地域(ザンジバル島)ではその後のBL発症率は顕著に低下したのであった。このことからマラリアはBLの発症の引き金になっていると考えられていた。

 

さて今回の研究ではマウスのマラリア感染モデルを用いて、マウスゲノムの不安定性とリンパ腫が実際にマラリア原虫の感染によって引き起こされることを示した。マウスモデルなので、用いられた原虫はPlasmodium falciparumではなく、P. chabaudiである。 この実験系はヒトのマラリアを再現している良いモデルと考えられている。

 

マラリア原虫の感染はリンパ組織の胚中心におけるB細胞の持続的増殖を起こした。これらのB細胞はactivation-induced cytosine deaminase (AID)を高発現していた。AIDは抗体産生細胞が成熟する際にクラススイッチに必要なDNA二本鎖断裂と体細胞突然変異を誘導する。(本庶佑グループにより発見された。)

 

このようにAIDはリンパ球のゲノム上に意図的に不安定性を作り出す役目がある。一方AIDはそのゲノムを不安定化する作用により腫瘍形成に関与していることが知られている。異所性のAIDの発現が染色体転座を引き起こすのだ。

 

論文では、マラリア感染によるマウスのリンパ腫の発症にAIDが寄与しているかどうかを確証するために、3つの遺伝型のマウス群を設け、マラリア原虫を感染させた。それらは (1) 野生型 (AID+/+; p53+/+)、(2) AID-/-; p53-/-、それに (3) AID+/+; p53-/-である(実際にはp53座位はコンディショナルで、B細胞系列のみで欠失が起こるようにデザインされている)。これらのマウスにおけるリンパ腫の発生を調べたところ、(1) の野生型ではリンパ腫は全く起こらなかった。(2) では腫瘍は発生するものの、大部分はリンパ腫とは異なる病型であった。これに対して (3) では全例がリンパ腫で死亡した。これらのリンパ腫の細胞は様々な染色体転座を起こしていて、中にはヒトのBLで見られるのと同様の転座も見られた。

 

このことから、リンパ腫の高頻度の発生にはAIDの発現が必要であると結論づけている。マラリア感染によって胚中心のB細胞が増殖し、その際高発現しているAIDがB細胞のゲノム不安定性を引き起こし、腫瘍発生に決定的な転座を誘発するというわけである。

 

なぜマラリア感染が胚中心のB細胞の増殖を促すのか? それにつてはここでは触れないが、興味の有る方は簡潔な解説を参照されたい [Rothschild et al., 2,015] 。

 

 

随分前の話になるが、地方病性のマラリアでは、BL細胞のMYC遺伝子のコード領域、特に第二エクソンに突然変異のクラスターが見られることが報告されている [Yano et al., 1993]。しかし散発性のBLではそのような変異はみられない。たまたま当時私が所属していた研究室では同様の変異が神経芽腫のMYCN遺伝子に見られる可能性を考え、突然変異の検索を試みたのであった。しかし結果は全くネガティブであった。このような点変異の存在も、AIDの高発現によって引き起こされるのであると理解される。したがって、AIDが高発現していない腫瘍ではMYCの点変異は起こらない。

 

アフリカは疾患の宝庫である。これらの疾患を克服する努力こそがアフリカの発展に直結すると思われる。さらにそれらの発症メカニズムを真摯に探ることで、医学生物学的に重要な発見がなされる可能性がある。

 

余談ながら、本庶佑はノーベル賞に価する業績を上げていると思う。(こういうことは10月の声を聞く前に書いておく必要がある。)