メンフィスにて

主に生命科学と社会について考える

感染を促進する抗体の正体

これに関連する記事は二年前にも書いた。

 

ジカ熱流行の衝撃

ここ数年世界で問題となった感染症に、エボラ出血熱とジカ熱がある。エボラの場合、感染力、致死性が共にきわめて高く、流行を封じ込めることの重要性に議論の余地はない。一方、ジカ熱自体は致死性は低く、症状も軽い。ところが2,015年5月に始まったブラジルを中心とする中南米での流行で驚くべき事実が明らかになった。妊婦が感染した場合、経胎盤的に胎児が感染し、その多くが小頭症を発症したのだ。

ジカ熱ウイルス(ZIKV)はフラヴィウイルス属に分類される。ここにはデングウイルス(DENV)、日本脳炎ウイルス、ウェストナイルウイルス、黄熱ウイルスなどが含まれる。これらのウイルスの多くは蚊などの媒介昆虫によって伝播され、だいたいは不顕性感染である。こうした特徴はフラヴィウイルスによって引き起こされる感染症を理解する上で重要だ。これまで症状的には軽微にとどまると思われていたZIKV感染が、小頭症を起こすとは、、、。

 

フラヴィウイルスにおける抗原的類縁性

フラヴィウイルスの各ウイルス種の間には多かれ少なかれ抗原性における共通性がある。通常抗原的共通性がある場合はそれらのウイルス間で交差免疫が成立する。しかしフラヴィウイルスでは事情は少し込み入っている。

話をデングウイルスに移す。デングウイルスには四つの血清型(DENV-1 ~ 4)が存在する。血清型とはそのウイルスの抗原性に基づいた分類である。ある血清型のウイルスに感染すると、その後同じ血清型のウイルスに対する感染防御が成立する。これは他の多くのウイルスと同じだ。ややこしいのは他の血清型の再感染である。デングでは他の血清型の際感染に際しては、激症型の感染経過をたどることがあり、これをデング出血熱と呼ぶ。ここではそのメカニズムを詳述しないが、特定の抗体がウイルス表面に結合することにより、ウイルスの細胞への感染を促すようだ。

ここでデングとジカの関係が問題となる。フラヴィウイルス属の各ウイルスゲノムは多かれ少なかれ抗原的共通性を持っている。そこで浮上して来たのがデングの四つの血清型のように、あらかじめフラヴィウイルスに属する他のウイルスの流行があった後にZIKVの流行があった場合どうなるのか。最初のウイルスに対する抗体はZIKVの観戦を防ぐのか、それとも促すのだろうか?

DENVとZIKVはともにネッタイシマカで媒介されるので、流行地域が重なることが多い。これらのウイルスの一方に対する抗体は他方の感染を抑制するのか、促進するのか? この問いに対しては、培養細棒や動物を用いた実験にから双方それぞれを支持するデータが提出されている。

 

2,015年流行での抗体からわかったこと

さて最近のNature誌に掲載された論文だ。

ここではエル・サルバドルとブラジルの住人の約1,500検体の血清につIてZIKV(特にNS1と呼ばれるタンパク)に対する抗体を調べている。但しこれらの検体はジカ熱流行の前後に採決されたもので、両者における抗体値の推移を調べることでいくつかの情報が得られる。

これらの検体では流行後のZIKV抗体は73%が陽性であり、流行がきわめて広範であることが確認された。このZIKV陽性検体の流行前のDENVに対する抗体を調べたところ、興味深い事実が明らかとなった。ジカ流行前のDENV抗体の存在が、ZIKV感染を抑えているかどうかはジカ熱流行後のZIKV抗体の出現の有無で知ることができる。

結果はたいへん興味深く、すべてのIgGサブクラスでのDENV抗体価は後の感染抑制と正の相関を示した。ところがIgG3サブクラスのみでのDENV抗体価は感染抑制と逆相関を示した。

IgG3サブクラスの抗体は感染後短期間で消失してしまう。したがって、比較的最近DENVに感染した人はZIKVに遭遇した際に容易に感染が成立してしまうという結論が導かれたのだ。 

こうした疫学的追求により、結論はDENV抗体はZIKV感染を防ぐとも言えるし、促すとも言えるわけだ。

 

未だ多数の疑問が未解決だが、おいおい答が出てくるものと思われる。

 

 

免疫チェックポイント療法の影

本ブログでも以前紹介したが、免疫チェックポイント療法の影の部分について議論が活発化している。これはScience誌のニュースに掲載されたもの。

免疫チェックポイント療法は既に一般に広く知られている。無論これには2,018年の本庶佑のノーベル医学・生理学賞の受賞によるところが大きい。免疫チェックポイント療法は第四のがん治療法(他は外科手術、放射線、化学療法)であり、特定の種類の腫瘍に対して著効を示すことが明らかとなってる。一方その副作用(自己免疫様症状)は重篤であり、一部で死に至るケースも報告されている。しかしこれまでの治療法が基本的には患者を延命させるのとどまるのに対して、免疫チェックポイント療法ではがんを完全に治癒するようになっている。

おそらく現時点での最大の問題点は、なぜ同じ種類の腫瘍でも患者によって治療効果が著しく異なるのか、ということだと思う。この点に関する世界の研究競争には凄まじいものがあるが。ここ数年以内に治療結果に影響を与える主だった要因が解明されると予想される。

さて、今回のScience誌のニュースではPD-1抗体治療によって、腫瘍が縮小・消失するどころか、逆に腫瘍増殖が増大するケースに関する議論が取り上げられている。こうした症例は、個々の医療施設では各々少数例であり、今のところPD-1抗体が本当に腫瘍の増悪を引き起こしいるどうかは不明である。しかし前回の紹介記事でも述べたように、こうした症例ではMDM2あるいはMDM4遺伝子コピー数の増加、またはEGFR遺伝子の変異が共通して見られるという。

こうしたPD-1抗体によるとみられる腫瘍の増悪の実態は未だはっきりと把握されておらず、医師・研究者の間でも見解が別れている。この状況を打開するために、現在アトランタで開催されている米国がん学会(AACR)でこの問題が議論されることになっている。この議論を主導するのは米国食品医薬品局(FDA)と国立がん研究所(NCI)である。

 

追記 2,019年 7月30日

中村祐輔ブログによると、日本でもこの問題が盛んに議論され始めたようだ。

 

”神経芽種のメカニズムによる分類” 要約と雑感(自然退縮、スクリーニング、福島)【1】

先週号のScienceに”A mechanistic classification of clinical phenotypes in neuroblastomaと題する論文が出た。これはドイツのケルン大学を中心とした欧州のグループによるものだ。

 

まず神経芽腫の概観。

神経芽腫(neuroblastoma)は小児においては脳腫瘍を除くと最も頻度の高い固形腫瘍で、約半数の症例は予後不良である。これまでに様々な予後因子が報告されてきた。最も確定的なものは、”18ヶ月齢以上で発症し、MYCN遺伝子(N−MYCタンパクを発現する)の増幅の見られる症例は予後不良である”ということだ。

一方、MYCNの増幅はテロメラーゼの発現を促す。テロメラーゼの発現はTERT遺伝子のゲノム再構成によっても引き起こされる。これによって腫瘍細胞は無限増殖能を獲得する。さらにテロメラーゼ非依存性のテロメア維持機構(いわゆるALT)によるテロメア維持も見出され、これはATRX遺伝子の失活によって引きこされる(これについては以前の記事を参照されたい)。しかしこの神経芽腫におけるテロメア維持機構の存在は予後と強く関連していることはかなり以前から認識されてきた。

さらにちょうど10年前にALK遺伝子の変異(活性型変異と遺伝子増幅が見られる)が神経芽腫の進行に寄与していることが報告された。このときにはNatureの同じ号に同様の内容の論文が4報掲載され、高い関心を呼んだ。

 

今回の論文は以上に列挙したような個々の予後因子をトータルに見たときに、真に予後と関連するものは何かを明らかにしようとしたものだ。

手法的には特別なものはなく計416例の神経芽腫を対象として、ゲノム配列の決定を行っている。 これらはいずれも治療前に採られた検体である。がん治療ではいずれの治療法がとられても、新たなゲノムの変化や特定の細胞集団の選択的増殖を引き起すので、治療前検体を用いるのは鉄則だ。

まずこのうち218例について、神経芽種のゲノムの全般的な様子を把握するべくWES、またはWGSを行った。ここで目を引くのは、RASとp53経路に着目したことである。RASとp53は各々代表的ながん遺伝子(RAS)、およびがん抑制遺伝子(p53)であり、成人がんではこれら遺伝子の変異頻度はおしなべて高い。ところが神経芽種を含む幾つかの小児腫瘍ではこれら遺伝子の変異頻度が著しく低いことが知られてきた。p53については治療後の再発例について変異が認められることが知られている。本論文で著者らはこれら遺伝子の変異が神経芽種の予後と関連する可能性を考え、RAS経路に関与する17遺伝子とp53経路に関与する6遺伝子について、変異の頻度を精査した。治療前の多数の検体についてRASとp53の変異を調べたことが目新しい。(ここで行われたのは既得データの再評価であって新たなベンチ作業を行ったわけではない。)

興味深いことに、218例中46例にRAS、またはp53経路(あるいは両方)の遺伝子に変異が見出された。さらに198例の別の検体群(cohort)も加えると、76例(76/416、17.8%)にRASまたはp53経路の異常(前者では亢進、後者では失活)が認められた。

言うまでもなく、これらの遺伝子変異が患者の予後と関連していることが重要だ。しかし著者らはRASあるいはp53関連遺伝子の変異は、自然退縮するような予後良好なものにも、致死的となるような進行性の場合にも見られることを述べている。

そこで著者らはテロメア維持機構(TMM)の獲得に着目した。前述のとおり、これには(1)テロメーラーゼの(1)再活性化と、(2)ALTがある。

調べた208例のうち、52例がMYCN増幅を、21例がTERTの再構成を示した。さらにALTの存在をしめすAPB陽性検体は31例であった。単純にいうと、これらがTMMを持った腫瘍である。前述のRASあるいはp53関連遺伝子の変異を持った腫瘍について、TMMとの関連を見てみると、23例中TMM陽性は9例でこれらはすべて予後不良であった。一方残り14例では患者はすべて現在まで生存している。この傾向はさらに追加の症例でも確認された。

論文ではさらにALKの変異の意義についても記載しているが、ここでは省略する。

結論として、この論文では予後判定にヒエラルキーを設けて、最初にTMMの有無によってリスク判定を行う。ここでTMMがない腫瘍は低リスクで、腫瘍は分化に向かうか自然退縮する。現行分類ではステージ1、2、3、および4aがここに含まれる。一方TMMありの場合は多かれ多かれ少なかれ高リスクで、ステージ4が含まれる。

この高リスクグループはさらにRASとp53経路の異常の有無により、高リスク群と超高リスク群に分けられる。

TMMのうちテロメラーゼの発現有無と予後との関係は広島大の檜山らによっ早くも1995年には明らかにされており、今更の感がある。しかしこのNature論文の新規性は、これまで神経芽腫ではあまりにも頻度が低く、その意義が長らく精査されてこなかったRASおよびp53経路の異常のリスク判定における意味を明らかにしたことである。

 

(続く)

 

 

モンサント襲撃

サイエンス誌のニュース記事によると、先週初めイースターの夜(16日)にイタリア(Olmeneta, Italy)にあるモンサントの研究施設が襲撃された。この場所は北イタリアのクレモナの近く。

襲撃は火炎瓶によるもので、試験用の種子が貯蔵されている低温施設が狙われた。火炎瓶4本のうち2本は不発だったらしいが消火作業は数時間にわたったという(注1)。これは単独犯によるものらしいが、”バイエルの犯罪的結婚、No GMO”と壁にスプレーした後に逃走したという。バイエルは昨年モンサントを買収している。

被害額は数十万ユーロに上る。この研究施設は常勤職員が12名というから小さな施設だ。しかもここではGMOの研究は行われておらず、従来法によるトウモロコシの品種の改良を行っているという。反GMO活動家も従来法による品種改良には賛成しているので、この襲撃は全く効果的とはいえず、むしろ彼らの好む従来法による品種改良を阻害したといえる。

EU28カ国中19カ国は、域内でのGMOの商業的栽培は元よりその研究目的での栽培も禁止している。イタリアもそれらの国に含まれる。したがって今回襲撃された研究施設でもGMOは栽培されていない。しかしGMダイズは一日一万トンの勢いで輸入されている。

この構造はクリーンエネルギーを標榜するドイツが、原発で作られた電気をフランスから購入していることに似ている。

 

(注1)原文では"Molotov cocktails"となっているが、これは火炎瓶のこと。

”画期的な”研究費配分新方式?

米国と欧州の二人の研究者が研究費配分の新方式を提唱している

今や欧州でも米国でも、研究者にとって研究費獲得はたいへんな重荷だ。米NIHグラントの採択率は、2,003年の30%から2,016年の19.1%にまで低下している。欧州でも若手研究者の研究開始のためのグラント(European Council Starting Grants)の採択率はわずか11.3%だ。オランダ国内の若手研究者へのグラントも14%まで低下している。

このためグラントを獲得できない研究者は申請作業を延々と続ける羽目になる。一方、この状況のためにトータルの申請件数が増えることになり、当局の審査の手間、人手、費用もばかにならない。欧州の試算では4,000万ユーロのグラントを審査・交付するための費用が950万ユーロに上るとなっている。審査に動員される研究者の時間コストも無視できない。

こうした状況を打破するために、SOFAと称される研究費配分法が2,014年に提案された。これは"Self-organized fund allocation"の略だが、最初に提唱したのはインディアナ大学Johan Bollenというコンピュータ科学者で、その後オランダのMarten Schefferがこれを支持している。その配分方法はシンプルで、すべての研究者は一律の分配金を受けとる。そしてそのうちの一定割合をその研究者が重要視、ないしは尊重している研究者に”寄付”するというものだ。

具体的にBollenはこの一律の金額を米国で10万ドル、欧州で3万ユーロに設定している。Bollenはこの”寄付”の部分を50%とした条件でシミュレーションを試みている。”寄付”する際の基準として、個々の研究者が書いた論文の巻末で引用した回数に応じて寄付を受け取る研究者とその金額を決定した。結果は面白いことに、現行審査システムでグラント配分を受けている研究者が多額の”寄付金”を受け取るという結果となった。したがって、この方式でも研究費配分における不都合は基本的に生じない。

この方式だと研究者は申請書を書く必要がなく、また審査に投じてきた膨大な労力と費用も大幅に削減できる。まさに”画期的な”研究費配分法で、どこから見ても万々歳ではないか、といいたいところだがこの方法にも大きな欠点がある。その第一は、この寄付の受け取り者として友人をリストアップするケースが頻発するというものだ。これは大いにあり得る。特に研究者コミュニティーが小さいときには大きな問題となる。日本では学閥などが問題となると思う。これについてBollenは、アルゴリズムを作ることでこの”友達関係”に基づいた指名をある程度避けることができると主張している。もうひとつはこの方式だとどうしても過去の実績がものをいう。新規に始めるプロジェクトの評価が困難だ。

 

最近研究費を巡る話題を書く頻度が高くなっているが、これは理由のないことではない。研究費の総額もさることながら、その審査、配分方法がその国(地域)の研究の活力を決定づけるからだ。NIHグラントの審査方式は世界の研究における米国の主導的地位の確立に大きく寄与してきたと評価されている。しかし研究総予算の頭打ちの状況が続く中で、この方式の欠点も顕在化してきたように思う。

NIHグラントのうち特に標準的な種目であるR01グラントについて少し考察してみたい。これは全米の大学や研究機関(アカデミア)の教員、研究者が独立した研究室を運営するために獲得することが要求されるグラントだ。その規模は30−40万ドルで4年ないし5年間支給される。アカデミアに研究職員(faculty)として採用されたら、この後4年間程度(機関により異なる)の間にR01を獲得することが要求される。これに失敗するといずれそのポジションから去らねばならない。このR01グラントを獲得することによって一人前の代表研究者(principal investigator、PI)として扱われる。

R01グラントの規模は複数のスタッフを雇うのに十分な金額で、さらに”間接経費”があるので研究機関の意向から独立した研究が営める。そのためR01を持っている研究者は別の研究機関に移ることも比較的容易だ。

一方、審査の方式もかなりの程度に公平性が図られている。グラント審査にはNIH外部の相当な数の研究者が審査員として動員され、いわゆる”縁故”による審査が極力排除されるようになっている。

こうしたグラントシステムが米国の医学生物学研究を強くしたことは多くの人々の認めるところだ。

ここであえてこの米国方式をグラント/PIシステムと呼ぶと、正にこのグラント/PIシステムこそが20世紀後半の米国の一強状態を作り出した源だといえる。しかし現在ではどうか? 論文一報当たりの引用件数では米国は英国についで二位となっている。このシステムは絶対ではないのだ。

NIH予算は予期しない経済効果をもたらす?

しばらく前に2,018年度のトランプ科学予算について書いた。その際NIHグラントが経済に及ぼす”多少の”寄与について私見を述べた。基礎研究に対する公的資金の投入はどの程度の経済効果をもたらすのだろうか? 昨年ノーベル医学生理学賞を受けた大隅良典のオートファジーの研究のような、きわめて萌芽的研究についてその経済への影響を分析することは大変困難だと思う。私が最近述べたような要素もおそらくある程度正しいと思う。しかしこういう経済効果を数値として分析することは可能なのだろうか?

先週出たサイエンスの論文(report)では、NIHグラントの持つ経済に対する正の効果について分析がなされている。ここでは特許出願件数を客観的な指標として用いている。これについては同じ週のネイチャーに短い紹介記事が載っていて、私もこちらのほうにに先に気がついた。あまり時間のない人はこちらの記事で十分である。

これはハーバード、MIT、コロンビアの各大学に所属する研究者計3名によって行われた研究だ。このうち2名は全米経済研究所(National Bureau of Economic Research, NBER)という組織にも所属している(注1)。所属機関から考えて、この研究はレッキとした経済学分野の研究だと思われる。

1,980年から2,007年にかけて交付されたNIHグラント、365,000件について調査したところ、交付を受けた研究が直接特許出願に結びついたのは8.4%であった。これはたいした率ではないように思える。しかし特許申請全体で引用されている文献のうちNIHグラントによって実施されたものは約30%に上る。これらの引用は当該特許の理論的根拠を示すためになされたものと思われる。したがって、NIHグラントに援助された研究の特許への寄与率はかなり高い。興味深いことに、この特許への寄与率においては”基礎研究”と”応用研究”に差は見出されなかった。

以上の結果から、NIHグラントは事実上経済を押し上げる効果を持っていると考えられる。要するにNIHグラントは”公共事業”の性格を持っているというわけだ。

ただし、グラントの承認から特許申請までにはタイムラグがある。これは一概に何年というわけにはゆかないが、特許件数で見る限り、トランプ氏が在任中(4年間)には予算の(負の)効果が明瞭にならないだろう。トランプの目標は再選なので、この選択は合理的である。

 

(注1)NBERというのは民間の非営利シンクタンクだが、何と全米の大学教員の1,000人以上が所属している。この中には米国のノーベル経済学賞受賞者20名が含まれている。本部はマサチューセッツ州ケンブリッジ、すなわちハーバードやMITのキャンパスがあるボストンの隣街にある。

免疫チェックポイント療法ががんを増悪させるケース

最新号ネイチャーに抗PD−1療法ががんの進行を速めるケースのあることが紹介されている。これでは最近Clinical Caner Researchに発表された二つの論文の内容が述べられる[1, 2]。

免疫チェックポイント療法は全体の20%程の患者に対して著効を示し、がんを"治癒させる”療法として確立した感がある。しかし最近になって、逆に抗PD−1治療によってがんの進行が速まるような患者が見出されたというのだ。

フランスのグループの報告では、131例患者中12例(9%)にhyperprogressive disease(HPD)が認められた。HPDは65歳以上で有意に高く出現した。

もう一つのUC San Diegoのグループの報告では、MDM2やMDM4遺伝子のコピー数の増加がこの抗PD−1療法によるがんの増悪と相関があるという結果が出た。このグループの報告では高齢患者に特別高い頻度は見出されなかった。

これまで免疫チェックポイント療法に関しては、”効く”か”効かない”のいずれかと思われていた。だから特定の患者にとっては、文字通り”夢の薬”だったのだ。しかしこれが患者によってはむしろ逆効果であることがわかってきたわけで、こうなると話は全く違う。

免疫チェックポイント療法に関しては、その著効のために誰もが投薬を望むような状況が生まれつつあった。しかし今回の報告によりこうしたブームはひとまず沈静化してゆくものと思われる。我が国ではこの薬のせいで国民健康保険が破綻するとまで言われていたが、それも回避できそうだ。

より本質的な問題は、一体どのような性質のがんに対して効き、逆にどのような性質のがんではそれを悪化させるのかということだ。これらは精力的な研究によって明らかにされなければならない。